ウィルフレッド・セラーズ の日記 の解説 (in Japanese)

ウィルフレッド・セラーズは1914年9月王立バークシア連隊第4大隊に入隊した。翌1915年1月1日にはフランスに向けての出航の用意が出来ていた。1915年1月6日、北フランス・アブヴィルで、王立工兵、第3通信分隊に配属された。 召集を受けて山高帽(黒毛皮製の軍装)を支給され・・・」1月9日、北フランス・ベルトンにて砲兵部隊の電信隊に配属された。 (ロンドン郵便本局の電報業務に従事し、既にモールス信号に精通していた経歴のために通信分隊に配属されたものと思われる。)通常は夜間にケーブルを敷設・補修し、戦闘中は防空壕で交換手、信号手として勤務していたが、時として馬の世話をする事もあった。

郷里への手紙は検閲されており、日記中には敵に有用かも知れない情報は控えるべきである事を彼は十分に認識していた。(一般に塹壕では日記は禁止されていると考えられていたが、大戦フォーラムに置ける興味深い討議に置いて914年現在、英軍規則、野外勤務令、軍事法及び戦時動員法のマニュアル中には日記に関する言及は無い”と記載されている。)

”孤独で惨め”とは言え、彼はフランスの田舎や教会の探訪を楽しんでいた。彼は時として”沈んだ”気分になったが、妻ローラ(Laura)からの手紙に慰めを見出していて、”愛する人よ、もう少し多く手紙を寄こしてくれないかい”とも書いている。彼は度々連隊(Fusiliers連隊)と友人(Rutherfordや Watts)について書いている。(読者諸氏で記載された名前等に心当たり有る方がいらしたら、どうぞご遠慮なくコメントを寄せて下さい。連絡先や関連情報が得られるかも知れません。)

国立公文書館の記録より

 (括弧内編者注釈)

Medals Binder

Decorations RollVictory Medal

Medal Card

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